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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)41号 判決

原告 合資会社山岡

被告 京橋税務署長

訴訟代理人 竹内康尋 比嘉毅 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実、被告主張第三の二(一)の事実、同(三)の事実のうち貸借人らが別表記載のとおり原告に対し保証金の預託を了した日と同日に原告から貸室の引渡しを受けこれに入居したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで六、五一〇、〇〇〇円の補償費相当額が本件事業年

度の所得に該当するかどうかについて判断する。

(一)  〈証拠省略〉を合わせると、原告が本件契約に際し賃借人らから預託を受けた保証金については、本件契約第一五条により賃借人らは貸室明渡しに当つて保証金の一割を「借室使用補償費」として賃貸人に支払うべき旨の約定が定められており(右の事実は当事者間に争いがない。)、本件契約上補償費の支払が免除されるのは本件契約第五条ただし書により契約更新の場合だけであつて、契約終了事由のいかんを問わず全て補償費の支払が義務づけられていること、実際には契約終了の際右補償費相当額を預託を受けた保証金から控除してその残額を賃借人らに返還すれば足りるという契約関係にあり、したがつて、保証金の返還請求権と補償費の支払請求権の相殺は禁止されていないことが認められる。

〈証拠省略〉中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、補償費相当額は保証金の預託を受けたときから返還することを要しない金員であるというべきである。

(二)  これに対し原告は、補償費債権は貸室の明渡しを期限又は条件とする債権であるから明渡しによつて生ずる債権、あるいは一種の期待権であると主張する。

しかしながら、補償費相当額は保証金の預託を受けたときから返還することを要しない金員であることは前記のとおりであるから、補償費債権は期限付又は条件付債権あるいは期待権ということはできない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(三)  また原告は、天災地変により貸室の明渡しが不能となつた場合、賃貸人の責めに帰すべき理由で明渡時期が到来したとき、賃借人の責めに帰しえない事由で契約が終了した場合には補償費の請求をすることができないと主張し、田中証人の証言中には天災地変による場合は当事者の協議によつて解決する旨の供述部分がある。

しかしながら、前認定のように本件契約第一五条には単に「貸室明渡しに当つて」と無限定の文書で規定されているだけであつて、契約の終了事由により補償費の支払を要しない場合を規定しておらず、本件契約上補償費の支払が免除されるのは第五条ただし書の場合のみであるから、原告の主張するような場合をも含む賃貸借契約終了のあらゆる場合に補償費の支払が義務づけられるものというべきである。したがつて、田中証人の右供述部分は採用することができず、原告の右主張も理由がない。

(四)  また原告は、補償費は賃借人が貸室を明渡した後に原告が室内を清掃し、壁、戸障子等の修理をするための費用であるから、補償費から右の諸費用を控除した残額が明渡時の時期を含む事業年度の所得であると主張する。

田中証人は補償費は自然汚損を原状に回復するための費用であると供述する。しかしながら、〈証拠省略〉によれば、賃借人株式会社ギヤラリーヤエスについては、本件契約第一八条ただし書として、内装設備一切は賃借人がこれを行い解約時には原形に復すとの特約が付されており補償費を修理費に当てる余地はないと認められるから、修理費に当てるということは単に名目にすぎないことが明らかである。のみならず、〈証拠省略〉によれば、株式会社ギヤラリーヤエスを含むすべての賃借人との契約において、補償費は貸室の破損や汚れの有無、程度、賃貸借契約の長短とは関係なく、予め約定された一定割合の金額として定められており、破損等がなくとも補償費を清算することは予定されていないこと、また賃借人の責めに帰すべき現状回復の費用は補償費と関係なしに賃借人が負担すべきものとされていること(本件契約第八条(2)、第一七条(2))が認められ、また〈証拠省略〉によれば補償費という用語は一般の賃貸借契約に用いられている償却費と同じ意味で用いた趣旨であることがうかがわれるから、他の賃借人らについても修理費に当てるということは単に名目にすぎないものというべきである。〈証拠省略〉中右認定に反する部分は採用しない。したがつて、原告の右主張も理由がない。

(五)  以上認定の事実によると、補償費相当額は契約の文言上はともかくとし、貸室の引渡しを受けた時点においてもはや返還することを要しない金員であり、かつ、補償費相当額は当該契約において当初から確定しているのであるから、賃貸人たる原告において収益部分をなしうる趣旨の金員として授受されたもの、すなわち権利金の一種と解するのが相当である。

そして、賃貸人らは別表記載のとおり原告に対し保証金の預託を了した日と同日に原告から貸室の引渡しを受けたものであるから、補償費相当額は本件事業年度中の所得に該当するというべきである。

(六)  なお、原告は、原告の保証金に関する会計上の処理及び被告が訴外株式会社ギヤラリーヤエスの滞納税金のため同訴外人が原告に預託した保証金全額を差し押えたことを理由に被告の見解は誤りであると主張する。

しかしながら、そのような事実があるとしても、補償費を本件事業年度の所得とする前記認定判断を左右するものではない。よつて、原告の右主張は採用することができない。

三  以上の理由により、原告が預託を受けた保証金のうち補償費相当額六、五一〇、〇〇〇円を本件事業年度における所得とし、これに基づいてした被告の本件処分には違法はない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 成瀬正己)

別表〈省略〉

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